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創業の背景にあった「PV至上主義への違和感」/ note 加藤貞顕氏×西内啓対談 Vol.1

データビークルの西内啓がデータ活用で成果をあげている組織のキーパーソンとデータサイエンスの現実について語り合う対談シリーズ。あらゆるクリエイターの活動を支援する「note株式会社」代表取締役CEOの加藤貞顕さんに、同社のデータドリブン経営についてリモート対談でお話をうかがいました。第1回目は、「note創業の背景とミッション」について迫ります。(取材:2020年4月)
シティズンデータサイエンスラボは「データサイエンスを全ての人に」を掲げる株式会社データビークル(https://www.dtvcl.com/)が運営する公式noteです。

「このままでは売れるものだけが売れて、他のものはまったく売れなくなる」

加藤さん1

西内 加藤さんとはnote株式会社を立ち上げる前、前職の出版社を退職しようというタイミングで初めてお会いしましたね。

加藤 もう10年くらい前ですよね。Twitterの西内さんのアカウントを見ていて、すごくおもしろい人がいるなと思って注目していたんです。そんなとき、知人の紹介でご一緒する機会がありまして、統計の専門家である西内さんに会社の立ち上げについて相談し、ご協力いただいたというご縁ですね。

西内 cakesのレコメントエンジンのアルゴリズムをお手伝いしましたね。

加藤 データ分析も手伝ってもらいましたよね。あの時の知識が今も生きています。

西内 当時、なぜcakesにはレコメンドエンジンがキーになると考えられたのでしょうか。

加藤 もともと僕は本の編集者をしていました。本は書店で売っているものですけれども、書店って売り場が広くて、インターフェースとしての一覧性があるんです。だから検索性は低くても、一覧性があるのでひと目で全体を見渡すことができます。

ですが、出版社時代に電子書籍を扱いはじめた時に、電子書籍には一覧性がないということに気づいたんですね。売れてない商品、つまりランキングに出てない商品は、そこにないのと同じことになってしまうんです。

デジタルになるといろんな商品がロングテールで売れていくといわれていましたが、この電子書籍の一件から、僕にはむしろ「売れるものだけが売れて、他のものはまったく売れなくなる」世界がくるなという予感がありました。

ちょうどそのころAmazonの台頭で、書店で本を売る比率よりもネット販売の比率が伸びつつありました。コンテンツの流通の場所をネット上に移さなければ、クリエイターが活躍する場がなくなってしまうと考え、僕は株式会社ピースオブケイク(現・note株式会社)を立ち上げたのですが、このような背景もあってnoteのビジネスモデルでは、レコメンドエンジンが肝になると考えました。

コンテンツを見る側はスマホで見るわけですが、スマホの画面には一度に5個くらいしかコンテンツが表示されません。そこで、ユーザーごとにあったコンテンツが表示されるためには、リコメンデーションが優れていないとだめだという課題感がありました。それで西内さんに相談させていただいたのです。

データがあれば経営もものづくりも精度が上がる

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西内 おもしろい話ですね。レコメンドエンジンもそうですが、note株式会社ではそれ以外についてもデータドリブンに展開されていますよね。創業時から社長自らデータドリブンに意思決定をしている会社は、私は実はnote以外に見たことがありません。加藤さんは創業前からデータをもとにした経営をしようと考えていたのでしょうか。

加藤 会社の経営も本を作るのも、「ないものを作る」わけですから、アートの割合はすごく大きいと思うんですよ。ただし、データがあれば精度が上がります。

僕自身、編集者として本づくりに関わっていたときには出版社向けの販売データを提供するPubLine(パブライン・紀伊國屋書店全店のPOS販売情報共有サービス)というデータを誰よりも見ていた自負があります(笑)。

たとえば、自分が手掛けたある書籍が出版されたときに、「この本は10万部ぐらい売れそうだな」という仮説を立てるんです。そうした仮説を立ててからPubLineの販売データを見ることで、世の中の状況と自分の感性をキャリブレーションすることができます。

西内 加藤さんが立てた仮説が大きく外れて、「こんなのが売れている」ということもあるんですか。

加藤 ありますよ。自分自身が知っている領域は狭いからこそ、たくさんのデータに触れることが重要だと思います。「この本をどんな人が買うのか」とデータを見れば、「関西でよく売れてるな」「こういう世代の人に売れているのか」ということがわかるんですね。

一方で、PubLineをうまく使えていないケースも結構あるなという印象があります。新刊を出す時に、「類書がこれだけしか売れてないからこの本は売れません」とか、「類書は2万部ですがこの本の企画はそれよりも売れる根拠はあるんですか」と言われたりするんですね。その使い方では、ポテンシャルを測ることにはなりません。このように、出版社時代から仮説と事実をうまくマッチさせるためにデータを重要視していたので、会社をはじめる時にも当然データを活用しようと考えていました。

ネットカルチャーが広告収入によって作られていることへの違和感

西内 そうしてnoteというデータドリブンな会社ができあがったのですね。学生時代は経済学を勉強されたそうですが、その知識は役に立っていますか。

加藤 経済学は本当に勉強してよかったと思います。僕は理論経済学を専攻したのですが、ほとんどのネットサービスというのは需給のマッチング処理をしているんですよね。だから経済理論がものすごく適合できるんです。ミクロ経済学やインセンティブ理論、ゲーム理論などはUIやUX の設計にとても役立っています。今、僕は必要に迫られて機械学習の勉強をしているんですが、経済学は数式を使う学問なので、数学をやっていてよかったなと感じます。

西内 立ち上げ初期にはレコメンドエンジンに加えて、cakesの売上規模に応じて分配がどうなっていくか、順位はどうなるか、分布を見ようという話もありましたよね。

加藤 事業計画を立てる時も手伝ってもらいましたね。西内さんに手伝ってもらった事業計画を持って投資家を回ったことを思い出します。

西内 この時点でだいたいどれくらいの売上規模になるから、井上雄彦さんみたいなトップクリエイターも呼べるぞといったストーリーを描いていましたね(笑)。

加藤 漫画家のトップの人の月収原稿料がどれくらいで、cakesがこれぐらいの規模になればそれを払うことができるということも考えましたね。

西内 それをもとに、パレート図を使って分配のルールをどうすればいいかという話もしました。当時は加藤さんの関心が、いわゆるインセンティブの設計にあったのでしょうか。

加藤 そうですね。インセンティブの設計は理論的にすべきだと思いますね。もう1つ、ネットのカルチャーが広告モデルによって作られていることに対して、当時から問題意識を持っていました。

広告モデルで重視されるのはページビューですから、どうしても記事には激しいことを書きたくなりますし、激しいことを書けばページビューが簡単に上がるんですね。ですから、コンテンツに悪口が溢れるのはこのインセンティブ構造の中では当然の帰結なのです。逆に、メカニズムデザイン的な思考でいえば、おもしろいものを書いた人が得をするという設計のものを作ればいいんですよね。

西内 おもしろいコンテンツを大事にするための、noteのミッションとはなんでしょうか。

加藤 この10年でページビューを稼ぐというカルチャーがGoogleによって形作られてしまいましたが、僕はもともとページビューという概念に違和感がありました。「クリエイターがおもしろいものを書いたら、それだけで食べていけるようにならないとおかしくないか」という義憤からはじまった僕らの現在のミッションは、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というものです。

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西内啓(にしうちひろむ) 株式会社データビークル 最高製品責任者
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かした拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に『統計学が最強の学問である』、『統計学が日本を救う』(中央公論新社)などがある。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)アドバイザー。
加藤 貞顕(かとう さだあき)note株式会社 代表取締役CEO
1973年新潟県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。ベストセラーを多数手がける。
2011年にピースオブケイク(現:note株式会社)を設立。2012年、コンテンツ配信サイト 「cakes」をリリース。2014年、メディアプラットフォーム 「note」をリリース。

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