「ECはデータを使えば確実に勝てる」北の達人 木下勝寿氏×西内啓対談 Vol.1
データビークルの西内啓がデータ活用で成果をあげている組織のキーパーソンとデータサイエンスの現実について語り合う対談シリーズ。今回は、北海道を軸として自社ブランドの健康美容商品等をインターネット販売する「北の達人コーポレーション」代表取締役社長の木下勝寿さんにお話を聞きました。(全3回)
シティズンデータサイエンスラボは「データサイエンスを全ての人に」を掲げる株式会社データビークル(https://www.dtvcl.com/)が運営する公式noteです。
データを計測することで確実に「勝てる」ことに気がついた
西内 はじめに、御社のビジネスについて教えてください。
木下 当社では現在、自社ブランドの化粧品や健康食品を扱うeコマース事業を展開しています。インターネットが普及し始めた2000年の創業ですが、当時私は北海道が好きで、出身地である神戸市から北海道までよく旅行に出かけていました。そこで、北海道の特産品を扱う事業をやろうと考えたのです。
当初はカニやメロン、イクラといった北海道の特産品を扱いながら、事業がある程度軌道に乗った段階で神戸から北海道に移住。そんな中、業者さんからすすめられて北海道のテンサイという野菜から抽出したオリゴ糖を販売したところヒットし、それから健康食品を扱うようになりました。
データの活用に関しては、ほぼ自己流でずっとやってきました。資金が全くない中で事業をスタートしたので、当初からものすごく細かくデータを見るようにしていたのです。たとえば広告を出す際、本当に広告費が回収できるのかどうかリピート率などを見て判断しなければ、資金が回らなくなる可能性がありました。
そうしたことを続けているうちに、通信販売のビジネスモデルはデータを取っていくことで確実に勝てるということに気がつきました。データを計測しながらビジネスをするという現在の形になったのは、開業当時からの積み重ねの結果ですね。
LTVの精度を磨き、赤字を出さないよう上限CPOを設定
西内 なるほど。データがあれば勝てるというのは大きな発見でしたね。現在、御社ではどのような体制でデータを分析なさっているのでしょうか。
木下 データを専門に分析し活用する部署があるわけではなく、すべての部署でデータをもとに判断をしています。
通信販売のビジネスモデルは店舗を持たず、広告を出すことで注文を獲得します。例えば100万円の広告を出して100人の顧客から注文が来るとしましょう。この場合、1人の新規顧客の獲得コスト(CPO)が1万円なので、商品の価格が3,000円だとすると注文が入った時点で赤字になってしまいます。
ところが、当社のような化粧品や健康食品の定期購入では、ある程度リピートしていただくことで広告費との採算が合ってきます。こうした、一人の顧客が注文してから1年間や10年間といった期間で平均してどれくらい購入してもらえるか(LTV)とCPOの差が利益になっていくのです。
こんなふうに、業務のKPI を CPO とLTV に置いて、この数値を基準に日常業務で「これはうまくいってる」「いってない」を判断する仕組みができている感じですね。
西内 素晴らしいですね。商品への最初のタッチポイントや経由する媒体でLTVが変わるということは日々体感されているのでしょうか。
木下 そうですね。LTV はきちんと計測しなければ失敗してしまう可能性があります。例えば、「初回購入無料」「初回割引」といった形をとると、 CPO は安くなる傾向にあり、比較的新規の顧客は取りやすくなります。ところが、それで獲得した顧客はLTV も低くなるのです。CPO を安く獲得できたとか、件数をたくさん獲得できたといいながら、その分LTVが低かったりすると、実は利益が出ていないということがあり得るので、施策を変えるたびにLTVをすべて取り直すのです。
西内 おお、それは徹底されていますね。
木下 例えば衛星放送局やケーブルテレビ局が、初月無料キャンペーンをすると新規の獲得件数は増えます。でも、新規獲得の部署と利益を管理する部署が別になっていると、新規獲得する部署が新規の獲得件数だけを追ってしまって、新規顧客が獲得できた割に売上がまったく上がっていないという現象が起こりえるのです。
当社でも以前、新規の件数が増えているにもかかわらず売上が上がっていないということがありました。そこでデータを見てみるとLTV が想定とまるで違うことに気がつきました。中身をよく見ると、新規獲得のために「商品を購入してくれた人にプレゼント」というキャンペーンをしていたのですが、そうやって獲得した顧客がすぐに解約をしていた。それからは、キャンペーンをするときには必ずそれによってLTV が下がってないかどうかを確認するようになりました。
西内 LTV 向上のためにデータを見て意思決定をするほかに、データの取り方や見方で工夫していることはありますか?
木下 データは広告媒体ごとにすべて取っています。細かい部分でいうと、ヤフー広告とグーグル広告でも LTVに違いが出るのです。グーグルユーザーのほうがネットリテラシーが高く、ネットで物を買う傾向が高く出ています。そうなると、「グーグルの場合はCPOをいくらまでかけてもいい」「ヤフーの場合はCPOはいくらならかけてもいい」といったことが変わってきます。
月1回、各広告媒体と各商品ごとにすべてLTVを出して、当社で管理しているシステムにそれらを入力しています。広告媒体別に赤字となるCPOを設定しておいて、上限 CPO を超えた場合には広告をストップさせるアラートを出すことで、新入社員などが間違って赤字を出さないようにしているのです。
西内啓(にしうちひろむ) 株式会社データビークル 最高製品責任者
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かした拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に『統計学が最強の学問である』、『統計学が日本を救う』(中央公論新社)などがある。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)アドバイザー。
木下勝寿(きのしたかつひさ) 株式会社 北の達人コーポレーション 代表取締役社長
1968年神戸生まれ。大学在学中に学生起業を経験。株式会社リクルートを経て独立。2000年から北海道特産品のインターネット販売を開始する。2年後に拠点を北海道へ移し、2007年には規格外の食品販売サイトを新設。2009年、株式会社北の達人コーポレーションに社名変更。健康美容の分野へ本格参入。Japan Venture Awards 2017「eコマース推進特別賞」受賞、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2015ジャパン 日本代表候補ファイナリスト。