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「パッションを持って取り組んだら理解者が現れた」日本経済新聞 山内秀樹氏×西内啓対談 Vol.2

西内啓の対談シリーズ。日本経済新聞社の山内秀樹さんの第2回目です。パッションを持って取り組んだからこそ社内でデータ活用が認知されたという話から、データサイエンティストの育成・内製化の必要性まで、会話が広がります。
シティズンデータサイエンスラボは「データサイエンスを全ての人に」を掲げる株式会社データビークル(https://www.dtvcl.com/)が運営する公式noteです。

パッションを持って取り組んだら理解者が現れた

西内 解約を防止するために読者にメールを送信する実証研究をされたり、リテンションのためのコンテンツを製作されたというお話を伺いましたが、多くの会社はそこまで行き着くことがありません。御社はなぜそこまでできたのでしょう?

山内 自分で言うのもなんですが、パッションですね(笑)

はじめはただデータを見るだけでしたが、見ているだけでは何も変わらなかった。もう少し深いデータを見て、みんなが知りたいことをピンポイントで届けたら変わるかなと思ったら、行動変容までには至らなかった。「次のステップはやってみせるしかない」ということで、自ら実践しようと思ったんです。日経IDだけでなく、マーケティングの仕組み自体をつくってしまって、実際に結果を出すところまで取り組むことにしました。

データを分析して、解約しそうな人に何かアクションをするとか、キャンペーンをするとか、ランディングページの改良も、どんどん現場に出て、一緒にやっていったんです。そんなふうに手弁当でやっていくうちに、共闘してくれる人が現れました。「これ面白いね」「こんなことやってみたいんだけど」という相談がくるようになったらしめたもので、少しずつ輪が広がっていきました。

孤立無援のところから同調してくれる人が現れはじめると、上の人たちの意識も変わってきました。そこで、人材や投資などを少しずつ拡大できるようになったんです。結果を出さないと怒られるという焦燥感からスタートしましたが、それがいい循環に入ったと感じています。

西内 どういうきっかけで最初の理解者が現れたのでしょうか?

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山内 日経電子版での当初の取り組みは、アンシャンレジーム(旧体制)との戦いだったんですね。電子版での試みは、紙媒体という巨大なプラットフォームから見ると、受け入れがたいことがたくさんあるんですよ。それを説得するところにデータが使えるぞということを、感度の高い人はわかってくれたんですね。

今まで社内では絶対にできなかったようなことをやるために、どう上を説得するかということで真剣に悩んでる人たちが、背中を押してくれました。そして、気がついたらデータで話す文化ができていました。

西内 それはとてもいいことだと思います。新しいことをやりたい人は、データ分析が武器になります。社内政治に弱い側はデータを使った方が有利なんです。

山内 新しいことをするときや、今までと違う道を歩むときに、データを説得材料として取り入れたんですよね。うまい具合に先行投資があって、それを実現できるプラットフォームやデータがあったことは大きかったです。

「ビジネスを理解してデータ分析を」データサイエンスを内製化した理由

西内 素晴らしいですね。ところで、人を増やすというお話がところどころに出てきましたが、現在はどのような体制になっているのでしょうか?

山内 5年前までは私1人でしたが、電子版がはじまって1年ぐらいで、グループ会社の日経リサーチや外部のパートナーに依頼する体制をつくりました。他には、紙や広告などのマーケティングメンバーですね。オーディエンスエンゲージメントということが言われるようになり、4年前ぐらいから採用をはじめて、現在はデータチームで10人ぐらい。データサイエンスなど先進的なデータ基盤をやっているのは、4人ぐらいです。

西内 そういうスキルセットをもった人を採用しているのですか?

山内 はい。スタートアップ企業やゲーム会社にいたメンバーを中途採用したので、日経では珍しい外様部隊です。

西内 外注ではなく内製化をした理由には、何か問題意識があったのでしょうか?

山内 自分たちのビジネスを最優先に理解してデータ分析しなければならないということが根本にあります。データを統計的に処理することは誰でもできますが、実際にはデータストーリーテリングが重要だと思うんですね。

日経新聞には、もともと「中正公平、わが国民生活の基礎たる経済の平和的民主的発展を期す」というミッションがあります。そのためにジャーナリズムがいい情報を社会に提供し、社会やビジネスの活性化に貢献することが目標です。このようなミッションや目標に基づいてデータサービスを提供し、社会の効率を上げていこうというところからビジネスが生まれています。そうしたわれわれのレゾンデートル(存在価値)を前提に、ビジネスやコンテンツのあり方を議論できるメンバーでなければいけないと思います。

野放図にデータを増やしたり、ABテストの結果コンバージョン率が高いほうを採用するというのは、単に「記事のアクセスが多ければ正義」ということと同じです。コンテンツの質や社会的影響力のような、数字では表しにくい変数を大事にするという同じ認識に立って仕組みをつくる、可視化する、データ分析できる、そういう人でないと、ここでは受け入れられないでしょう。

また、欧米のメディアでは、ツールも、可視化の仕組みも、データを集めるところも、機動力高く内製化しているんですね。なぜかと言うと、既存のデータ分析の仕組みやメソッドはEC寄りの仕組みになっているので、そのままプラットフォームをメディアに適用すると違和感が出ます。自分たちのビジネスに合わせてカスタマイズする必要が出てくるので、ビジネスを完璧に理解できるメンバーで議論して最適化をしています。

西内 データ分析の専門家に依頼したら、すでにその業界にとっては常識のような内容のレポートが出てきたという問題は、いろいろな会社で起きていますね。

山内 最初の頃は私たちもそうした失敗がありました。専門家に依頼してみたら、現実的でないレポートが出てきてしまって。そこで反省して、要件定義やストーリーをきちんとつくって、人も内製化しようということになったんです。

西内 依頼の内容が具体化されていれば、専門家にお任せする意味があると思うのですが、まるまる投げてしまうと大体うまくいきませんね。

山内 そうなんです。ですから、パッションがある社員が引っ張って、目的変数などをきちんと伝える必要がありますね。

西内 まさにシティズンデータサイエンスの模範のようなストーリーですね。そのパッションはどこから湧いてくるのでしょう?

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山内 西内さんもそうだと思いますが、データが好きだからこそですね。また、私の中にはデータに対する問題意識だけでなく、メディアに対する問題意識があります。日経には「メディアはこうあるべき」「社会にとってどういう存在であるべきか」ということを意識して仕事をする社員が多くて、過去と現在のギャップに真剣に悩んでいるのですね。

近年、TwitterなどのSNSやキュレーションメディアなどが登場し、もともとのメディアの機能が分散化しています。メディアがパーソナル化する中で、新聞の役割自体が変わってきているのではないか。その中で、どういうことをすれば読者に価値を提供し続けられるのかということを常に考えています。

私たちはWebサービスを開発したり、日経IDのようなサービスをつくってきましたので、ユーザーの声やデータというものの重要性が身に染みています。メディアとして読者のことを考えるということと、データを見て顧客が何をしているのか考えるということは、とても親和性が高いんですね。だから一生懸命やってこられたのではないかと思います。

社内データドリブンの足がけとなる「データ道場」

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山内 マーケティング部門の人やエンジニアの中には素養がある人がいて、ビジネス課題も理解しています。そうした人たちにデータのあらましを理解してもらうことでデータドリブンが進むのではないかと思い、社内教育として「データ道場」をはじめました。

社内にデータサイエンスやデータアナリストを100人置くのは夢物語ですので、現場の課題意識を学んでもらって、セルフサービス化をすることが重要です。

西内 データ道場ではどういうことを教えておられるんですか?

山内 パターンが2つあります。回帰とはなにかといった統計学の基礎を学習するものと、自分のビジネス課題をいくつか出してもらって、その課題を可視化してみたらどうなるかという実戦編ですね。

たとえば、マーケティングプロモーションでいうと、4月に実施した学生向けの獲得キャンペーンを科学的に分析したらどういうことがあり得るか、CMを打った瞬間にTwitterのバズを分析したらどうなるのかなど、実際に課題意識を持って分析をしてもらっています。

スキルセットや欲しいデータの粒度などでニーズも違うと思います。

電子版の開発をしているメンバーのように、もともとエンジニアでこれから機械学習エンジニアを目指してみようかなという人には、データを触れる環境を用意して、Jupyter NotebookやRでプログラムを書いてもらいます。このレベルがデータ道場のメインターゲットです。

また、今までExcelでコンバージョン率を出して、ひたすら資料を見て出稿を判断していたマーケティング担当者に、SQLを教えて能動的にデータ分析を行ってもらうようなこともしています。サンプルを渡して、課題意識を自分で可視化できるようなツールを渡すなどですね。

経営層や現場リーダークラスで、自分でデータ分析まではしないけれども、期間ごとに絞ったデータからレポートをつくってビジネス活用したいという人に対しては、DOMOなどデータの可視化プラットフォームを提供して、議論に使っていただいています。

もっとレイヤーが低いところでは、ワンクリックするだけである記事に関するリアルタイムに近いデータを表示できる専用のダッシュボードをつくって提供しています。ニュースは初速が重要なので、犯人逮捕の速報が出た3分後にどれくらい読まれたのかを知りたいという依頼が多いですね。このダッシュボードを使うと、瞬時に数字が見られるので、見出しや写真が悪いのではないかという仮説が立つんです。そこでその場で見出しや写真を変えると閲覧数が上がったりする。まさに草の根のPDCAですよね。これまでは、1ヶ月後や1週間後に数字が出て、読まれていなかったことを反省して終わりだったものが、アクションにつながるようになりました。

こうしてレイヤーごとに分け、そのスキルセットに応じてダッシュボード化を図っています。

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西内啓(にしうちひろむ) 株式会社データビークル 最高製品責任者
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かした拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に『統計学が最強の学問である』、『統計学が日本を救う』(中央公論新社)などがある。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)アドバイザー。

山内秀樹(やまうちひでき) 日本経済新聞社 編集局総合編集センター 部次長 兼 デジタル事業 デジタル編成ユニット 部次長
2000年日本経済新聞社入社。主にデジタル分野でのメディア立ち上げや運営に従事し、2010年の電子版創刊からはデータマーケティングの中心人物として、日経電子版の会員基盤である「日経ID」の企画・開発に携わるとともに、顧客データの分析やデータドリブンの普及活動を推進。メディアにおけるデータ活用やオーディエンスエンゲージメントの向上に取り組んでいる。今年4月より現職。

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