「データ活用で新しいモビリティインフラへ」Mobility Technologies 川鍋一朗氏×西内啓対談 Vol.2
西内啓の対談シリーズ。「Mobility Technologies」川鍋一朗さんの第2回目です。タクシー業界というレガシーな世界でデジタルシフトを実現するMobility Technologies。データという大きなアドバンテージを活用して、今後は新しいモビリティインフラへ進化を遂げたいと決意を話します。
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コロナ禍でテクノロジーに頼らざるを得ない状況になり、顧客受容性が伸びた
西内 『お客様探索ナビ』をヒートマップ表示ではなくナビゲーションにした背景には、乗務員さんからの意見や会社としての考えがあったのでしょうか。
川鍋 単純に、ヒートマップ表示よりもルートを示したほうが乗務員さんもわかりやすいということがあります。
同時に、新型コロナの影響が大きかったと思っています。コロナの影響でタクシーを利用するお客様が減ってしまい、これまで頭の中に描いたとおりにタクシーを走らせてもまったく売上が上がらないという中で、テクノロジーに頼らざるを得なくなったんです。
アプリをリリースして10年以上経ちますが、最大のボトルネックは技術ではなく、顧客受容性でした。ちゃんと使ってもらえば売上が上がるのに、どうしても顧客受容性が伸びなかった。それがコロナによって環境が整いました。
西内 なるほど。新型コロナの影響で経験と勘が通じない世の中にシフトしている、市場環境が変わっているという現実があり、我々もデータを使わなければチャンスもリスクもわからないということを話していますが、タクシー業界でも大きな変化を生んでいるんですね。
川鍋 この環境変化がなかったら、今と同等のテクノロジーだったとしても、今ほどは受け入れられていなかったと思いますね。
西内 アプリの浸透は、もともと川鍋さんが想定されていたペースから何年押しぐらいになったと感じていますか?
川鍋 4、5年押しくらいの感覚ですね。特にコロナ禍前は、アプリに頼らなくてもお客様がいらっしゃったので、2020年代半ばくらいの変化が既に起きているのではないかと思います。
中には絶対にアプリや無線は受けたくないNG指定の乗務員さんもいて、たとえば日本交通でも全体の5〜10%くらいはNG指定をされているんですが、それがいっときはゼロになりました。頼むからアプリを使わせてほしいという状況でしたね。
西内 これまで乗務員さんの経験と勘を頼りにしていた「流し」が、データとデジタル技術にうまくシフトさせられたことは大きな変化ですね。
配車は従来コールセンターなど電話を経由して行っていましたが、アプリを経由して配車をするようになって、コスト構造に変化があったり、効率化したりといった効果はありましたか?
川鍋 実は、電話の数は減っていません。全体の売上規模に占めるコールセンターのコスト割合が下がっていることはなく、絶対値としてコールセンターの本数も減ってはいないんです。売上の増加部分をアプリが占めているのが現状ですね。
西内 そうすると、アプリが新規市場を開拓したということになるのでしょうか。
川鍋 そうですね。これまで電話で配車を依頼していた人もアプリを使うようにはなっています。日本交通を使ってくださっている人の中にも、電話のユーザー、アプリのユーザーと二通りいらっしゃいますね。
ただ、アプリがあることでほかのタクシー会社と比較して優位に立つことができています。ふだん電話を使っている人たちも、日本交通に対して「配車が早いらしい」と先進的なイメージを持ってくださっているようです。
タクシー広告のブランディングにも成功、スタートアップのアピールの場に
西内 Mobility Technologiesの子会社であるIRISでは広告事業もされていて、とても勢いがあるように感じています。広告の内容も、これからグロースしてくるようなスタートアップ企業を掲載するなど、従来のタクシー広告のイメージからうまくシフトしていると思うのですが、何かブランディングのコツなどはあるんでしょうか。
川鍋 そもそもタクシーを利用する顧客層には、企業の意思決定層だったり投資家だったりすることが多いんです。そうした背景から、アプリを展開する前から広告枠で何か価値提供できないかと思っていました。ただ、これまで価値を具現化するツールがなかったんですよね。
タブレットでタクシー広告を始めた当初はまったく売れなかったんですが、広告チームのスタッフが厳格な掲載基準を設けて、そこを死守したんです。私はどちらかというと「全然売れてないんだから掲載基準を低くすればいいだろう」と思っていたのですが、彼らは「ダメです」と。
そうしているうちにうまくいって、タクシー広告はBtoB向けのSaaSなどベンチャーにとってのアピールの場になりました。
ひと昔前のタクシー広告は人々のコンプレックスにアプローチするような内容でしたが、それを置き換えることができました。
タクシー会社としてみれば従来からあるコンプレックス系も売上になっていたので、それを置いたままベンチャー系も掲載したいという人もいましたが、新たなイメージの広告を載せるからにはコンプレックス系は外してくださいと。でなければビジュアルノイズが多すぎますし、ブランディングができなかったと思います。
広告チームが誘惑に負けず、本当に頑張ってくれたと思います。
データはあっても、現場に意味がある形で活用するのが難しい
西内 タクシー業界という日本の産業全体を通してもレガシーな世界で、Mobility Technologiesは大きなデジタルシフトを起こしています。既に大きな成果をあげていますが、今度さらに実現したいことがあれば教えてください。
川鍋 まずは相乗りタクシーですね。その向こうに自動運転があると思っています。新しいモビリティインフラとしての進化を遂げていきたいですね。
現在、ゼンリンさんが展開するナビゲーションシステムや自動運転時に使用される地図情報のメンテナンス効率化に向けて、道路情報の自動差分抽出の共同開発を行っています。
ドライブレコーダーの画像データと突合して差分を出すといった取り組みをゼンリンさんとしていますが、移動のデータやドライブレコーダーのデータは今後いろんな価値が出るでしょう。世の中にとってインパクトのあるデータを使ってAIを作っていく、その積み重ねが未来に向かっていくのだと思います。
もう1つ、当社では2021年5月に高級セグメントをターゲットとしたタクシーデリバリー専用アプリ『GO Dine』をリリースしました。
フードデリバリーは通常、レストランとお客様、そして配達人と、3つの市場を相手にしなければいけません。このうち、配達人としてタクシーを利用することができるので開拓費はゼロですし、飲食店の方もお客様も『GO』を利用していただいているので、親和性が高いんです。
みなさん、自社にデータがたくさんあることは認識していても、現場にとって意味がある形で活用できるようになるまでが難しいと言います。『お客様探索ナビ』は実際に売上に繋がっていますし、そういうリアルな成果が出るとエンジニアたちも盛り上がります。そういう事例をいくつも作っていきたいですね。
西内 『お客様探索ナビ』で活用されているような「どこで、いつ、どんなお客様が乗った」といったデータは、後発が頑張って集めようとしても都内ですら難しいかもしれません。御社にはそういった大きなアドバンテージがありますね。
本日は、貴重なお話をありがとうございました。
川鍋一朗(かわなべいちろう) 株式会社Mobility Technologies 代表取締役会長 / 日本交通株式会社 代表取締役会長
1970年東京都生まれ。1993年慶應義塾大学経済学部卒業。1997年ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了。同年マッキンゼー日本支社入社。2000年日本交通入社。専務、副社長を経て、2005年代表取締役社長に就任。2015年より日本交通会長、JapanTaxi社長を兼務。2020年よりMobility Technologies(旧JapanTaxi)代表取締役会長に就任。
西内啓(にしうちひろむ) 株式会社データビークル 最高製品責任者
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かした拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に『統計学が最強の学問である』、『統計学が日本を救う』(中央公論新社)などがある。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)アドバイザー。