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ビジネスを加速させる「エビデンス」の力 【Tokyo Data Science Lab 2018 基調講演書き起こし vol.1】

2018年12月、データビークルは「Tokyo Data Science Lab 2018」と題した初のプライベートイベントを開催しました。本イベントでは企業や組織におけるさまざまなデータ分析の事例が発表されましたが、そのなかから最高製品責任者の西内啓の基調講演「ビジネスを加速させる"エビデンス"の力」を全文書きおこしで4回にわたりご紹介します。
シティズンデータサイエンスラボは「データサイエンスを全ての人に」を掲げる株式会社データビークル(https://www.dtvcl.com/)が市民データサイエンスを広めるために発信しているnoteです。

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医学の世界で生まれた「エビデンス」という概念

最近、「エビデンス」という言葉をいろいろなところで耳にするようになりました。ビジネスの世界では「エビデンスベーストマネジメント」という言葉をよく出てくるようになりましたし、安倍政権も「EBPM(Evidence Based Policy Making)」という言葉で、エビデンスに基づいた政策を進めようとしています。

エビデンスの重要性をなんとなく認識していても、「エビデンスとは何か」ということを詳しく学ばれた方は多くはないのではないでしょうか?

エビデンスという言葉は、医学の世界で産まれました。ちょうど私は医学の世界でエビデンスというものが重視されはじめた初期の頃に、医学部で教育を受けました。

医学の世界にエビデンスという概念が登場したことで、意思決定の仕方が根本的に変わりました。それまでは「経験と勘とロジカルシンキング」による意思決定こそが正しいと言われていたのですが、そんな時代が終わりを告げてしまったのです。

「勘と経験とロジカルシンキング」が心筋梗塞の生存率に影響を与えた

では、経験と勘による判断とはどのようなものでしょうか?

急性心筋梗塞という病気があります。最近普及しているAEDを利用するなど、適切な処置をすれば一命を取り留めることができる病気です。ただ、現場の医師たちは経験上「一命を取り留めることができても、そのあとに不整脈で亡くなる患者さんがたくさんいる」と考えていました。

みなさんは、この話を聞いたら「不整脈を治せばいい」と考えると思います。これは極めて論理的な判断で、実際に1980年代までは、急性心筋梗塞の患者には、当時よく使われていた不整脈の薬が投与されていました。ところが、1989年に発表されたのが次のような研究結果です。

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縦軸は「Survival」つまり生存率です。横軸には「Days after Randomization」とあり、50日後、100日後、150日後というふうに、日数が経過しています。グラフの右の方になるにつれ、青の線と緑の線が階段状に下がってきているのがわかります。

このグラフは、心筋梗塞を発生した患者1,400人ほどをランダムに半々に分け、それぞれのグループの生存率を青の線と緑の線で示したものです。

たとえば1,400枚コインを投げたら、今日投げようが、明日投げようが、明後日投げようが、だいたい表裏は均等に出そうですよね。同じように、この研究でも、青のグループはやたらと男性が多いだとか、緑のグループには重症の患者が多い…というようなことはなくて、基本的には概ね公平に分かれます。

このうち青の線のグループには、まったく効果がないダミーの薬を投与していて、緑の線のグループには、この当時一般的に使われていた不整脈の薬を使っているという点です。

ダミーの薬を投与した青い線のグループは2~3%の患者しか亡くなっていません。しかし、当時一般的だった不整脈の薬を投与したグループ(緑の線)は、6~7%の人が亡くなっています。差し引き4%、つまり不整脈の薬を使った700人のうち28人ほどが薬のせいで亡くなったのではないか?と考えることができます。

「たまたま緑の線のグループの中に重症の患者さんが多く含まれていたのではないか?」という意見をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。それに対して統計学的には、次のように反論することができます。

グラフ中に「P=0.0006」と記されています。これは、本当にたまたまというだけで、これほど以上に差のついた結果が得られてしまう確率です。この数字を見て、0.06%の奇跡的なデータが得られましたと考えるか、不整脈の薬を使うのはやめたほうがいいと考えるか、どちらも間違いということではありませんが、自分だったらこの薬は使われたくないなということが感覚的にわかると思います。

このように「勘と経験とロジカルシンキング」をもとに、よかれと思って行った不整脈に対する治療が、生存率に悪影響を与えていました。この気づきが、エビデンスベーストという考え方が普及した背景にあります。

なお、公の論文に「エビデンスベーストメディスン」という言葉が初めて載ったのは1991年です。カナダのマクマスター大学のゴードン・ガイアット先生が論文の中で初めてこの言葉を使ったところ、これは大事な考え方だということで、1990年代に医療の世界に普及しました。

教育・経営の分野にまで広がる「エビデンス」

その後、「エビデンス」という言葉はものすごいスピードで普及しました。

教育の世界では、教育に関する法律の中にもエビデンスという言葉が出てきています。ブッシュ政権は2002年に「No child left behind」、いわゆる「落ちこぼれゼロ法」を制定しました。

アメリカは教育の格差がひどいのですが、その中でも落ちこぼれの子を無くそうという法律です。この法律の中には、100回以上「エビデンス」という言葉が使われています。つまり、エビデンスに基づいて教育プログラムをつくり、評価し、予算を分配しなさいということが、わざわざ法律で制定されるようになったのです。

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エビデンスという概念の急速な普及はビジネス界においても例外ではありません。「Academy of Management Review」という学会のトップは、2006年に「IS THERE SUCH A THING AS "EVIDENCE BASED MANAGEMENT"?」というと題されたスピーチをしました。

この会場の中にはMBAを取得した方もいらっしゃるかもしれませんが、MBA教育は、ケーススタディをもとに議論するもので、どちらかというと、経験と勘とロジカルシンキングを磨くような考え方です。一方、この声明では、経営学者たちが、経営学も医学と同じように、経験と勘とロジカルシンキングではなく、エビデンスに基づいた意志決定をしないといけないぞということを言い始めたのでした。

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